サヨナラとコンニチハ


ヘトヘトの身体を引きずりながら大阪に戻るために東京駅に向かう。


すると、なんだか独特の甘い香りに包まれる。

なんだろ?と辺りを見回すと


お相撲さんが沢山!

力士の群れ!群れ!乾燥する季節なのに蒸れ!

あ、そっか春場所(大阪)が始まるのねー
力士の大移動なのねー。

けど、こんなに力士が乗ったら新幹線スピード出ないんじゃないの?
と小学生みたいな疑問が湧く。


帰りの車中で「そういやそろそろF1の今シーズンが始まるな」
と思い調べると・・・・


嗚呼!ついにBSフジ(無料放送)での放送が切られたか・・・・・

どうしよう。

年間20数回の放送のためだけにCSフジ(有料放送)契約するの僕?
フジONEとフジTWOとフジNEXT。 3チャンネルセットで1575円。

基本料410円 がプラスなので2000円近い月額・・・・。

アホくせえなー。


そんな感じで悶々としつつ大阪着。


ついた途端に奇械田→から連絡。

「いま京都に居るんだけどロケッツ行くから出ておいでね」

と強制召集。


すんげーヘトヘトなんですけどー。

と思いつつも今日を逃すと、もうあの入口が見れない可能性を考えて出かける。

閉店後に即取り壊しじゃないとは思うけど、路面のシャッター下されちゃう可能性が有るので。

もう知ってるスタッフさんも居なかったのでボンヤリと入口含む広場を眺めるだけでしたが。

その間にも同じように写真を撮って帰っていく若者や某虹ファンと思われる方が入口前広場をうろちょろしてました。


正確なデータは分からないけど、恐らく一番出演させて頂いた箱です。

大阪に出てきて一番最初に組んだメタル(?)バンド(2回しかライブしなかった。当時はベース担当)
でも出演したし、ピノキヲの前に演ってたバンドの1回目か2回目のライブでも出ました。

ピノキヲとしてもイベントさせて貰ったり、アナゴでは月1で出てたし。

グルグル映畫館の初大阪のライブに押しかけて知り合ったのも此処でした。
無恥鞭あなごとの交流も
大日本意識革命軍 狂暴との交流も
新沼GENNJIとの交流も

全部此処が始まりでした。

電脳オブラアトがまだ、電脳ロボトミイと名乗ってた頃に初めて観たのもロケッツでした。
「マイクケーブルが掃除機のホースだ!すげえ!」と思った記憶。

ピノキヲ以前だと
知り合いの知り合いが演ってるバンドなんですよーと連れられて行ったのが
GRASSというバンドで、そこで、やす君(Ya-foo)と知り合って

そのGRASSで当時ローディをしていたのが清水君でした。

確か、そのGRASSの対バンでJUBILEEがいてSADIEさん(JUBILEE・SPEECIES・XA-VAT)を初めて観て

「なんかカッコいい人がおるなー」と。

その数年後に同じ職場で働くとは、この頃思ってなかったけどw。
(もちろん僕もSADIEさんもその職場はとっくに辞めてます)

そのSADIEさんは現在ロケッツの近くで数店舗のカッコいいお店してはったり。


更に昔の僕が学生の頃とかだと深夜のクラブイベントにも良く行った思い出。
と言ってもテクノ関係ではなく「ビートパンクナイト」とか「歌謡曲ナイト」とか「ギターポップナイト」とか。

無名のUKインディバンドの7インチレコードとかを買い漁ってた頃ですな。


僕に色んな縁をもたらせてくれた箱でした。

ピノキヲ・アナゴ期だと、ほんまに自由に遊ばせてくれた箱でした。
ピノキヲ初ライブもロケッツでしたし。

ていうかピノキヲのイベントで主催(僕)に完全に極秘で

「ピノキヲのライブ終わりにアナゴを乱入させる」

という事を箱側が「うん、えーよー」と許諾する箱とか無いっすよ普通w。


楽屋も現在の場所じゃなく、裏にスタジオが有った頃には超狭くて暗くてw。

そういや久しぶり訪れて驚いたのはロケッツ横の並びに有ったコピー屋も無くなってたんですね。

恐らく多くのバンドが、チラシやアンケートをコピーするのに使ったであろう。
いつも居た店員さんが「ええ、あたしメタル好きですけど?」って感じの愛想の無いゴッツイお姉さんとか
何処で何してるんでしょうかねえ。


あ、これだけは言いたい!

やっぱり某虹さんの聖地扱いされてるのでメディア的には

「ヴィジュアル系の聖地」みたいにネットニュースとかで扱いたいんでしょうけど

関西だと、どちらかと言えばその色が強いのは「ヤンタ鹿鳴館(現ブランニュー)」や「心斎橋バハマ」で
確かにロケッツは一時期V系が多い時代も有りましたが

メタルもハードコアもテクノも

そして関西オルタナティブシーンを強く支えてた箱なんですよね。


まあ、とにかく

色々な経験と勉強をさせて頂いた箱なので、思い入れはやはり強い箱です。
有難うございました。


そしてロケッツを見届けてから奇械田→と2人で更に移動。

「僕らがロケッツで一番お世話になった方」に会いに。


ピノキヲ・アナゴがロケッツに出てた頃にブッキング&店長を務めてたカサゴさんに会いに。

カサゴさんが居たからピノキヲ・アナゴはあれだけロケッツで自由にさせてくれたと思ってます。
その頃にロケッツに通ってた方なら

「ドレッドヘアーの優しい笑顔の御兄さん」を覚えているでしょ?

それがカサゴさん。

ロケッツを離れ数年、カサゴさんは現在ソーコアファクトリーという
また面白そうな事をしそうな箱の城主をやってます。

数年ぶりに御会いして、1時間ほど色々喋ってきました。

今後、お世話になると思いますので覚悟しといてねカサゴさん!

水色時代

セガ・ドリームキャスト1台で音楽制作する世界唯一の音楽ユニット「ピノキヲ」の公式サイト